NOVEL REVIEW
<2004年07月[中盤]>
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07/20 『Mr.サイレント3 夢現世界の熱い予感』 著者:早見裕司/富士見ミステリー文庫
07/19 『タクティカル・ジャッジメントSS 紅の超新星、降臨!』 著者:師走トオル/富士見ミステリー文庫
07/18 『マルタ・サギーは探偵ですか? a collection of s.』 著者:野梨原花南/富士見ミステリー文庫
07/17 『式神宅配便の二宮少年』 著者:イセカタワキカツ/富士見ミステリー文庫
07/17 『ブルー・ハイドレード 〜融合〜』 著者:海原零/スーパーダッシュ文庫
07/15 『天翔けるバカ flying fools』 著者:須賀しのぶ/コバルト文庫
07/14 『なかないでストレイシープ めぐる聖夜と愛の家』 著者:竹岡葉月/コバルト文庫
07/13 『少年陰陽師 異邦の影を探しだせ』 著者:結城光流/角川ビーンズ文庫
07/12 『祈りの日』 著者:倉世春/コバルト文庫
07/12 『流血女神伝 暗き神の鎖(前編)』 著者:須賀しのぶ/コバルト文庫


2004/07/20(火)Mr.サイレント3 夢現世界の熱い予感

(刊行年月 H15.02)★★★★ [著者:早見裕司/イラスト:唯月一/富士見書房 富士見ミステリー文庫]→【
bk1】  幼い頃の事故で声を失った人間嫌いで引き篭もりの晋一郎と、彼の幼馴染みで通訳兼世 話役の合コン好きな真理香とのネット探偵&助手コンビも結構板について来た3巻目。今 回は2人が住んでいる小平市を飛び出して遠く離れた沖縄が舞台。この展開がちょっと予 想外で驚いた、と言うのも前述のように晋一郎が極度の人間嫌いな上で引き篭もりの閉塞 生活を好んでいる為、こんな極めて解放的な流れにはならないと思ってたんですよね。  何かで困っている晋一郎のネット親友が沖縄在住だったのと、あとはリゾートでバカン スを楽しみたい真理香の猛烈な後押しが効いて、とうとう晋一郎を篭りっ放しの室内から 引き摺り出す事に成功。当然ながら晋一郎は嫌々ながらで不満たらたらなんだけど、初め ての飛行機に恐れを抱いてオロオロビクビクしてる姿は普段と少々違っていて面白い。  この物語で晋一郎が関わっているのは殆ど小規模な事件のみで、それは旅行中のトラブ ルである今回も同様。『事件』と付ける程大袈裟なものではなく、誰かのちょっとした悩 みや困り事を晋一郎が解決してゆくというもの。なのでじっくり腰を据えて臨むような手 応えではないけれど、適度な手軽さながら解決へ辿り着くまでの組み立てはしっかり描け ているので充分に楽しめるデキ。晋一郎と真理香の解決パターンでいいなと思うのは、最 後にはなるべく誰もが幸せに笑っていられる解決策を考えながら、受けた依頼に当たって いるという点。たとえ都合良くて甘い考えだとしても、結果的にその方が気持ち良く結末 を迎えられるから。中心にある晋一郎と真理香のその気持ちこそが最も心地良いもの。  旅の開放感からか晋一郎と真理香の距離が徐々に近付いているのも嬉しい傾向。なにせ 『人間嫌いの引き篭もり』と『合コン大好き』のキャラ設定なもんで、最初とても相手を 好きになりそうに見えなくて。でもこれなら今後も2人の接近に期待が持てそう。  既刊感想: 2004/07/19(月)タクティカル・ジャッジメントSS 紅の超新星、降臨!
(刊行年月 H16.07)★★★★ [著者:師走トオル/イラスト:緋呂河とも/富士見書房 富士見ミステリー文庫]→【
bk1】  いや、SSってショート・ストーリーの略かと思ってたのだけれど……スーパー・サデ ィストかよ(確かに否定のしようもなくその通りではありますが)。とまあ最後に知って 仰け反ってしまった事です。今回は、主にドラマガ増刊『ファンタジアバトルロイヤル』 で連載されている分に書き下ろしを追加した短編集。作中の時間は長編1巻よりも以前の 設定なので、この連載短編には雪奈が登場しません。その代わり伊予と影野の出番が大幅 増量、これに善行を含めた3人が主役。活躍の割合からすると、善行より伊予が主人公っ ぽいかな? まるで「この短編作はあたしの為にあるのよ」と主張しているかのよう。  弁護士の知識は必要だけど法廷で争うまでには至らない、ちょっとしたご近所トラブル みたいなのが短編のメイン。刑事裁判と殺人事件の冤罪を逆転勝訴で見事晴らす事“だけ” が大好きな善行が、伊予のせいでそんなちっぽけで退屈で些細で詰まらない事件に首を突 っ込む羽目に陥ってしまう。善行のえげつない性格は健在、ただし伊予に対してだけはそ の限りじゃない所が面白い。雪奈には猫被ってるせいで弱さが見えまくりだけど、素のま まの善行の本性に真っ向から当たって引けを取らないのは伊予だけのような気がする。  善行には取るに足らない事件だとしても長編でウリの逆転による爽快感はあまりなかっ たとしても、私は皐月伊予ってキャラが好きなので、彼女が目立って活躍してただけでも 充分に楽しめました。一番面白かったのは教室ミニ法廷『はじめてのさいばん』。興味深 かったのが『影野英治観察記録』。元々法廷バトルがメインで探偵パートは省かれる事が 多いから、たまにはこういう探偵稼業の実体ってのも描いてくれると嬉しく思う。  それから今回のあとがき読んで、どうにも長編1巻で伊予の存在意義をあまり感じられ なかった理由がよーく分かりました。伊予って最初の段階では存在しないキャラだったの か。それを大改稿で捻じ込んだという事だからうまく噛み合っていなかったのも納得。2 巻以降は持ち直して巻を重ねる度に扱い方が良くなって来ているので、長編では短編程の 活躍じゃなくてもいいから、思わぬ所に意外性を発揮するキャラであって欲しい。  既刊感想: 2004/07/18(日)マルタ・サギーは探偵ですか? a collection of s.
(刊行年月 H16.07)★★★☆ [著者:野梨原花南/イラスト:すみ兵/富士見書房 富士見ミステリー文庫]→【
bk1】  現実世界と異世界、それからカード使いによる『カード戦争』なるものなど、長編で疑 問に感じていた事を潔いまでの投げっぷりで放置したまま進めているこの短編集。本編の 大きな流れが長編、合間の他愛も無い出来事が短編と区切りを入れて描いてゆくのかどう か。何にしても、長編で分からなかった事が余りに解かれなさ過ぎなままのほほ〜んと短 編エピソードが語られているせいか、現時点で長編短編の関連性と繋がりが把握し難い。  とは言え長編部分の謎をあまり気にしなければ、ちょっと話の流れについて行けなかっ た前巻よりは大分マシな手応えでした。相変わらず強制で謎解きの状況を構築してしまう マルタの探偵カード能力は反則的な切り札なんだけど、今回は露骨に力を誇示して強引に 謎解きするような展開が少なかったので、その辺は大して鼻に付かなかった。正確には事 件そのものが少量な為、カードを使おうにもここぞと言う使い所が無いだけなんだけど。  短編集はミステリよりもキャラクター同士の愉快な掛け合いを楽しむべきか。マルタ自 身は激しくものぐさで地味に動こうとしている筈なのに、気が付けば何故か周囲の人間は 彼の存在に振り回されていたりする。名指しするならリッツと怪盗ドクトル・バーチ。  ドクトルって確か長編ではまだ目立つ出番が少なかったような気がするけれど、だから こそかこれ程マルタに情熱的な興味と好意を持ち合わされるとは思ってもみなかった。  猛アタック猛チャージ猛アプローチ……などなど言葉はどれでも。とにかくマルタをモ ノにしようと目論むドクトルの迫り方が行き過ぎちゃってて凄いの何の。まあカードに対 する興味があるみたいだから、簡単に素直な好意と取るのは早計なのかも知れない。  既刊感想:マルタ・サギーは探偵ですか? 2004/07/17(土)式神宅配便の二宮少年
(刊行年月 H16.07)★★★☆ [著者:イセカタワキカツ/イラスト:マツダ/富士見書房 富士見ミステリー文庫]→【
bk1】  第11回ファンタジア長編小説大賞『特別賞』受賞作。これまでお蔵入りしていたものが、 何故か今になって富士見ミステリー文庫で復活刊行。異能力を扱う少年が主人公の現代モ ノで、その能力自体が謎っぽい雰囲気は確かに富士ミスの方が合ってたかも(ただ、最後 まで読んでみても何でこれまで陽の目を見れなかったのか理由がよく分からなかった)。  式神を荷物に宿らせ地脈を走り、迅速確実に依頼を遂行する『式神宅配便』二宮少年の 配達物語。とにかくまず目立つのが、会話以外の地の文に句点(。)を殆ど使用していな い特殊な文章形式。他と違う事を試みているという意味ではなかなか印象的で、もしそれ を読み手に植え付けてこの物語を忘れさせないような狙いがあったのならば、結構上手い 具合に効果が表れてたんじゃないかな? 逆に言うならそれ以外であえて文末に句点を付 けない意図ってのが思い浮ばなかったので、こんな風に解釈して納得した訳ですけど。  たとえ句点を振らないのが文章のルールからは外れているとしても、結果的に読んでい て面白ければそれで良しという感想に落ち着きました。『ですます』調の丁寧さ軟らかさ に加えて、どこかとぼけたような印象の地の文が軽快なテンポで楽しく描かれている。  しかし二宮少年はなんだか男ばっかり見てる気がしてならなくて、もしかしてそっちの ケがあるの? と変な危機感を抱いてしまったのですが、単に同姓の友達が欲しくてアプ ローチを掛けていると取るべきなのか……余計な事考えると怖いのでそう思っておく。  もうちょい式神とか地脈を辿るなんて辺りの設定に深く突っ込んで欲しかったけれど、 最後は走太にホロリとさせられたし、式神宅配便としての二宮少年の成長を軸に据えた展 開も充分楽しめました。キャラはとにかく四季状先生。強く格好良過ぎで惚れました。 2004/07/17(土)ブルー・ハイドレード 〜融合〜
(刊行年月 2004.06)★★★★ [著者:海原零/イラスト:遠藤将之/集英社 スーパーダッシュ文庫]→【
bk1】  あれが解からないこれが解からない、と大挙して押し寄せて来たりすると色々説明を求 めたくなるもので。作中でしっかり頑張ってフォローが為されてるなと思っても、それで もなお解からないものはどうすればいいのか……なんて。潜水艦性能に関してまるで無知 な奴からしてみれば、曖昧なままの手応えで分かった振りして物語を追うよりも、ここは こういう意味だとキッチリ理解した上で読んだ方が一層楽しめたかも。いや、なかなか頭 に入れられなくて。要は性能設定や用語解説でも付けてくれたら嬉しかったという希望。  まあ適当なイメージは出来るんだけど、潜水艦同士で死闘を繰り広げるシーンがどうも 明確に頭に描けなくて、結構最初の内は進めるのに四苦八苦してたらしいです。しかしな がら、たとえそういう理解してない故の想像のし難さみたいなものがあったとしても、綿 密に練られた丁寧で奥深い潜水艦戦の描き方は圧巻の一言。ほぼ100%撃沈されるしか 残されていない道を何とか回避しようと、必死でもがきながら極限状態の中で戦術を練り 突破口を開き逆転劇を演じてみせるまでの展開は、凄く読み応えありで良かった。  結果的になりゆきで共闘関係の逃亡者となった、8人の士官候補生とカシオネと呼ばれ る種類に属する1人の少女。誰もが多かれ少なかれ腹に一物抱えているから、とても一致 団結の友情劇にはなり得そうも無いけれど、でもそんな状況こそが面白い。追っ手から逃 げ延びる為、殺伐とした空気の中で果たしてこれから誰が何を考えどんな行動を起こして ゆくのか? 詳しく語られなかったトパーズの事も含めて非常に続きが気になる。 2004/07/15(木)天翔けるバカ flying fools
(刊行年月 1999.12)★★★★ [著者:須賀しのぶ/イラスト:梶原にき/集英社 コバルト文庫]→【bk1】  流血女神伝シリーズ以外で須賀さんの作品を読むのはこれが初めて。大分以前に刊行さ れたもので、第一次世界大戦を背景に大空を翔ける飛行機の魅力に取り付かれた飛行機バ カ達の物語。シリアスな場面はあれども戦争の悲惨さを押し出した重く暗いイメージでは なく、基本的には終始笑いの絶えないコメディが主体。戦争という言葉はあくまでその時 代の雰囲気作りとして用いられているだけで、あんまりキャラクター達が深刻になって考 えなければならない展開とはちょっと違う。何かリックの言動の数々を眺めていると、い ちいち気持ちを沈ませて思い込んでしまうのが馬鹿らしくなって来るというのかな。  タイトルの『バカ』は大空を翔ける“飛行機バカ”の意味も勿論含まれているけれど、 それ以上に言葉通りの意味で“行動が単純かつ真っ直ぐなバカ”の方が、特に主人公リッ クの場合はより印象に合っている。もっともそれは貶し言葉なんかじゃなくて、むしろ彼 のキャラクター性に惹かれずにはいられない大きな要因として描かれています。  確かに作中で「バカな事やってるなーこいつは」と思わず言いたくなってしまう程、し ょーもないお調子者な行動が目立つんだけど、一度こうと決めたら絶対引かずに立ち止ま らずに突っ走る直向きさは実に魅力的。また、驕りが招いた挫折から立ち直り自信に繋げ るまでのリックの成長過程としても、読み応えのある上手さが感じられて良かった。  この物語は特にキャラクター達の魅力と掛け合いの楽しさ面白さが印象的。誰が一番好 きかと選ぶのは、ほぼ横一線だから凄く悩みそうで難しいんだけど、私の中でのそれはピ ロシキだったかな? 同傾向のリックよりも更に破天荒でアクが強く、待機中のパードレ との会話で垣間見せる普段と少し違う一面なんかも含めていい性格してますホントに。
2004/07/14(水)なかないでストレイシープ めぐる聖夜と愛の家
(刊行年月 H14.07)★★★☆ [著者:竹岡葉月/イラスト:菊池久美子/集英社 コバルト文庫]→【
bk1】  シリーズ第3巻。外出中の筈のロドニーから、突然別れを告げる文面にしか見えない電 報がセリアの元に届いてしまったからさあ大変。ロドニーを慕うセリアは真相を自分自身 の目で確かめないと気が済まない……というわけで、リーをお供に屋敷を飛び出し手掛か り辿ってロドニー探しの旅へ。もっとも消印からロドニーの居場所は特定出来ているので、 そんなに大袈裟な事態でもなければ大掛かりな旅でもなくて。ただ一人、セリアだけがロ ドニーを想い慕うあまり余計な想像をあれやこれやと膨らませてしまい気が気でない。  実際に話が動き始めるのはロドニーを見付けてからなのですが、それにしても今回はキ ャラクターの言動を真に受け過ぎて、裏に隠されていた真実に全く気付けなかった。ロド ニーは本当に立ち往生してエンド・ハウスに留まってただけと思っていたし、いきなり飛 び出して行ったアナの方に非があると最後の最後まで疑わなかったし、ホーベリー家は何 か訳ありながらも幸せな生活を送っているように見えていたし。このホーベリー家の真実 は、気付けなかったと言うよりヒントが少な過ぎて気付き様が無かったと言うべきか。  これが不思議とあまり唐突さも不自然さも感じなかったのだけれど、せめてもう少し途 中途中でちらっと見せてくれても良かったのになと。それでも知らされた時点で、ちゃん と辻褄が合うよう仕掛けられていたこれまでの伏線の数々には納得すること頻り。  あとはメイド姿のセリア。なんだか彼女の幼少時代の印象が頭にあるせいなのかどうか、 お嬢様っぽい服装よりこういうお手伝いさんな服装の方が断然似合って見える。とにかく 可愛らしくて、ロドニーとリーが思わずくらくらしてしまったのも凄く良く分かるな〜。    と、読み終わってあとがき見たらこれでこのシリーズ終わりなんですか? でもそうい やリーは身を引いてたし、セリアは言うべき想いを言うべき人へちゃんと伝えてたし、改 めて考えてみたら思い残す事もないのかも。ただ個人的には好きなシリーズなので、たっ た3巻で完結してしまうのはちょっと寂しい。まだまだ続けられそうなので余計に残念。  既刊感想:午後の紅茶と迷子の羊       鏡の魔法と黒衣のドレス 2004/07/13(火)少年陰陽師 異邦の影を探しだせ
(刊行年月 H14.01)★★★☆ [著者:結城光流/イラスト:あさぎ桜/角川書店 角川ビーンズ文庫]→【
bk1】  安倍晴明の末の孫にして13歳の半人前陰陽師・昌浩の出発点。まず『元服』の言葉の 意味が分からなくて説明もないしでどうしよう、と結局調べて知ったのが最初に物語に触 れた一歩目。まあ一応話の流れでどんな事を指しているのかは大体想像ついてたけれど。  中身を簡潔に示すなら“少年陰陽師が異邦の影を探しだすべく奔走する”という、まさ にタイトル通りそのままの内容。あとは昌浩を取巻く周囲の人間関係や、彼の元服の儀か ら感じられた微かな異邦の妖魔の気配を暴き出して討つまでを描いているのが今回。  ええと……面白かったんだけれど何せまだ物語は駆け始めたばかりだから、この巻だけ ではなかなか判断出来ないのが正直な所。しかしまだ幾つも残されている謎を足掛かりに して、この先の展開に触れてみたいという興味を抱かせる手応えは充分ありました。今現 在で結構巻数も進んでいるらしいので、もう2、3冊読んでみれば印象が固まるかな?  もっくんの正体、それから終盤で昌浩の危機を救った青年の正体については、もうちょ っと伏せて明かすの先延ばしにしてくれても良かったかな〜と。隠されてたら結構気にな ってただろうけど、そういう風に引っ張るものと思ってたのが割とあっさり判明してしま ったので。ただ、そのお陰でどちらも昌浩を大切に見守ってるというのが凄く伝わって来 た事を考慮すると、早々の種明かしも良い方向に転がってくれていたと思う。  多分昌浩と唐から渡ってきた化け物達との戦いが繰り広げられるのだろうけど、化け物 達についてはまだ不明瞭な点が多いし。何はともあれ本当に面白いと感じられるかどうか は次巻以降の展開次第。昌浩ともっくんの掛け合いには終始楽しませてもらいました。 2004/07/12(月)祈りの日
(刊行年月 2002.11)★★★☆ [著者:倉世春/イラスト:穂波ゆきね/集英社 コバルト文庫]→【
bk1】  2002年度ロマン大賞佳作受賞。10年前に起こった核燃料再処理工場の事故の傷痕 が未だに残る地域の問題と、事故による放射能汚染の後遺症を抱え続ける自閉症気味の少 年の物語。或いは投げ遣りな生き方しか出来ていない思春期少年が、ある日出逢った自分 の仕事を生き甲斐とする強い年上の女性に惹かれてゆく物語……とも言い換えられる。  まず読んで感じたのは、主人公・タロの感情がとにかくやたらと掴み難くてしょうがな いという事。ただしそれがダメなのではなく、作中の彼自身の心が本当に空虚で淡白で捉 え所が無いから、そういう描き方はよく合っているなと思う。意図的にタロの心を捉え難 く曖昧に描いているようにも見えて、そこから真琴と接し触れ合い続ける内に段々とタロ の気持ちが行動の中にハッキリ映るようになる。真琴だけでなく里中、矢奈、森川等の大 人達や同年代の瑞穂との対話でも、その数を重ねる度にタロの心を理解して行ける。  最初と最後。比べてみてあんまり変わってないかもしれないけれど、でもちょっとだけ 確実に成長を遂げているタロの心。じゃあ一体物語のどこら辺でその成長具合が判断出来 るのか? やっぱり最も大きいのは真琴との関係か。彼女と出逢ってから大抵タロが何か 行動を起こす理由の先に彼女が居て、僅かずつタロの心に刺激を与えてくれている。他に も色々影響してるんだけど、微妙な変化を描く過程でなかなかに惹き込まれました。  しかしながら、詳細を知りたいと興味を持っていた燃料再処理工場の事故について実際 何がどういう形で起こったか、それからタロの後遺症についても軽く触れる程度でしか語 られていないのが物足りなくて惜しい点。ここを深く掘り下げていたら、真琴の行動理由 もタロの放射能汚染に対する気持ちも更に際立っていただろうと思うと少々残念。 2004/07/12(月)流血女神伝 暗き神の鎖(前編)
(刊行年月 2004.06)★★★★☆ [著者:須賀しのぶ/イラスト:船戸明里/集英社 コバルト文庫]→【
bk1】  砂の覇王編から番外編2冊→外伝3冊と続いて来たので、“現在のカリエ”が主役とな り作中で動いているのを見るのは凄く久し振り。まあ外伝にちっちゃなカリエとして登場 してたけれど、あくまでラクリゼとサルベーンの物語を引き立てる役割だったので。  今度は『ザカール編』を3冊分で描いてゆくとの事で、前編はザカールの気配がカリエ と彼女の子に迫る所まで。クナムのリウジールが直接的に接触してるのは因縁深いラクリ ゼのみ。にしても、ここまで圧倒的に彼女が力負けした状況は始めて見た気がする。  ラクリゼは外伝で強さと弱さ合わせて本当に様々な面を見る機会があったけれど、それ でもカリエを守護するという己の運命に揺るぎない圧倒的な強さってのはずっと損なわれ ていないように感じられていたのに、クナムと対峙した時の彼女が脆さばかりを曝け出し ていたのは何か凄くショックが大きくて。今回最後にちょっとだけしか描かれていないシ ーンながら、嫌でも今後の不穏な空気を増長させるここが最も印象的だった。この辺は外 伝を挟んでザカール人達を詳しく描いた事が実に効果的に出ているなと感じました。  しかしまだこのザカール編始まったばかりなのに、外伝から引き続きどんどん先へと興 味を惹かせる牽引力が一向に衰えません。むしろ増してませんか? という位。中心に置 かれているのはエティカヤ(カリエとバルアン)と、ルトヴィア(ドーンとグラーシカ) の対比でしょうかね。以前はルトヴィアの方が順風満帆でカリエとエティカヤ領は波乱の 連続だったのにな、と思わず遠い目になってしまう程にルトヴィアの衰退があまりに酷く て、カリエの幸福が描かれれば描かれるだけ余計に読んでて切なくなってしまった……。  カリエだって決して平穏無事な生活を送ってばかりじゃないんだけど、バルアンとの絆 が特別で強いものだってのは分かり過ぎるくらい明確に描かれているし、それに本当に久 々にエドと触れ合う機会もあって嬉しかったし。それと比較してしまうと、やっぱり何を やっても修正が効かず裏目に出てばかりのルトヴィア側の現状が痛ましくて仕方ない。  これがもしかして一縷の希望なのかな、と思ったのがミュカがエティカヤに渡ってカリ エと会うかも知れない予兆。もっともそもそも本決まりではないし、仮に決まったとして もこれが誰にどう影響を与えるのか全く不明なので、続きを見守るしかないか。  既刊感想:流血女神伝 帝国の娘 前編後編             砂の覇王              女神の花嫁 前編中編後編       天気晴朗なれど波高し。


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